お茶は、香りで見極める。

お茶の良し悪しを見極めるポイントは何でしょうか?

私が特に重視しているのは「香り」です。良質な深蒸し茶は「抜ける」香りが特徴です。不均一な深蒸しだと、複数の香りが混在してすっきりしないのですが、茶葉の芯まで蒸された深蒸しのお茶は、雑多な香りがなく、スッと鼻から抜けていきます。

以前NHKの番組で、鼻をつまんでお茶を飲むテストをしたのですが、香りがわからないと渋いだけになってしまうんです。「おいしい」と感じる味の多くは、実は香りによるものなんですね。

社長はお茶を見極める力をどのように身につけたのでしょうか?

大学時代にお茶専門店でアルバイトをしておりました。そこでお茶の世界に入り、様々なお茶を飲み比べる経験を積みました。

専門店は品質にとても厳しく、九州産のお茶が混ざっていればすぐにわかるような繊細な味覚が求められました。この技術は一朝一夕には身につきません。日々の経験の積み重ねです。お茶を見る、飲む、評価するという作業を何千回、何万回と繰り返す中で、少しずつ養われていくものです。

課題を解決することで、可能性が拡がる

掛川茶が全国的に知られるようになった理由は何ですか?

掛川茶は「深蒸し製法」で知られていますが、実は昔の掛川茶は深蒸しではなく、先代の父の時代には専門店で100グラム300円程度の手頃なお茶として扱われていたんです。しかし、深蒸し製法を取り入れていくことで品質が向上し、評価されるようになりました。

そして、2011年のNHK「ためしてガッテン」の放送をきっかけに、掛川茶という名前が全国に知られるようになったのです。

茶草場農法について教えてください。

「茶草場農法」は掛川東山地区で代々行われてきた伝統的な農法です。お茶畑の周りの草原から刈り取った草をお茶畑に敷き詰め、自然の肥料とする方法です。この農法によって土壌が豊かになり、おいしいお茶ができます。

最近では、この農法が生物多様性の保全に役立つとして世界農業遺産に認定されました。現代の効率優先の農業では失われがちな、環境と共生する持続可能な農法として注目されています。

掛川茶の課題や今後の展望についてのお考えは?

近年は農家の高齢化や後継者不足により、茶園面積が減少傾向にあります。また、世界的に人気が高まる抹茶の生産にも、掛川地域はまだ十分に対応できていません。

抹茶には専用の茶葉(碾茶)が必要で、一般的な煎茶用の「やぶきた」では適切な抹茶にはならないんです。ですから、抹茶を生産するとなるとお茶の品種から変えていく必要があるため、短期間では難しい課題です。しかし、世界的な抹茶ブームに応えるためにも、取り組んでいく必要があると感じています。

火入れと精選が、お茶の品質を左右する。

お茶づくりのこだわりを教えてください。

私たちは「味濃厚にしてマイルド、香り新鮮」をモットーにお茶づくりを行っています。このバランスを実現するためには、原料選びから火入れまで、すべての工程で細心の注意を払う必要があります。

お茶づくりで大切なのは、まず良い原料荒茶の確保です。毎年その年の作柄によってお茶の品質は変わり、同じお茶が出来ることはありません。お茶は年を越すと「ヒネ」になり商品価値が下がりますので、新茶シーズンになると良い荒茶原料を仕入れるために真剣になります。新茶の仕入れ方によってその年の成績が大きく影響を受けるんです。

私は毎朝50点から60点の荒茶を見ますが、良い荒茶から買われていきますから時間との勝負でもあります。この時、年間販売商品をイメージしてそのお茶に適合する荒茶を選びますが、品質・値段・品種・個性・数量・製造者(生産家)を考慮して行います。この仕入れの中で新しい商品のイメージが湧くこともあります。

仕入れた後の工程について教えてください。

新茶の仕入れが済むと、仕入れた荒茶原料を見直し、年間販売商品の合組(ブレンド)をしていきます。ブレンド技術はお客様のご要望のテイストを実現する時に使われます。毎年品質の多少異なる原料を合わせていく作業を繰り返し行うことで、「お茶を見極める目」が培われます。その経験をもとによりおいしいお茶づくりに取り組んでいます。

品質管理について特に気をつけていることはありますか?

お茶づくりで大切なのは、火入れ加工と精選加工です。精選加工は設備投資と手間の掛け方が鍵。茎や粉を丁寧に取り除くことが、見た目はもちろん味にも影響します。当社ではこの作業のために高額な機械を導入し、何度も繰り返し作業を行っています。そうすることで、雑物の無いきれいな煎茶が出来上がります。これは当社の大きな強みの一つです。

一方、火入れ加工においては、温度管理が重要です。同じ温度でも、その日の湿度や茶葉の状態によって仕上がりが変わってきます。また、火入れ加工は、人の感性が必要な大切な工程です。お客様の要望に合わせ、荒茶原料によっても火の入れ方が変わります。毎年毎日の積み重ねで、いかに沢山の荒茶を見、いかに沢山の合組(ブレンド)を経験し、いかに沢山の製茶加工をしてきたか、いかに沢山の出来上がった製品を見てきたかによって、「茶師」の技量が決まります。

長い歴史の中で培われた技術ということですね。

そうです。これが弊社の大きな武器といえるかもしれません。長年弊社で培わってきた技術の伝承、これこそが弊社120年の継続の証だといえるでしょう。「濃厚にしてマイルド」という特性は、意識するとはなしに培われてきた弊社のお茶の「個性」の源です。また、当社では普段からいろいろなお茶を見ることも大切にしています。

弊社で日々製造されたお茶はもとより、他社のお茶やお店で売られているお茶などを見て、弊社のお茶を色々な角度から再評価するよう心がけています。

御社では、ブレンド技術へのこだわりも格別ですね。

ブレンドには「正解」はありません。ブレンド方法は多岐に渡り、色々な可能性があります。どれが正解という答えもないので、そこにこだわりはありません。むしろこだわりのない自由な発想を心掛けています。

ブレンドに優劣はなく、目利きの茶師だからできるお茶づくりを追求することと、どれだけ選択肢があるかがポイントです。例えば、当社には新茶の季節に作る「茶師の勇み足」という商品があります。

これは相反する品質のお茶をブレンドしたもので、本来なら早すぎる時期のお茶なのですが、それぞれの特徴を活かし合わせることで、新しい魅力を持った商品に仕上げています。ただ、基本的に私たちは異なる品質のお茶を無闇にブレンドすることはあまりしません。なぜなら、均一な品質のお茶を提供することを大切にしているからです。

生産農家との絆を大切に。

地元の生産農家との関係について教えてください。

当社には、「丸堀会」という地元の篤農家による組織があり、現在17軒ほどの農家が参加しています。毎年品評会や研修会を開き、荒茶原料の品質向上や経営改善に取り組んでいます。新茶シーズンになると、私は毎日のように農家を訪問します。

農家さんの目的は「いっぱい買ってくれるか」であり、私は市場の状況や必要な茶葉の特性を伝えます。こうした緊密なコミュニケーションが、良いお茶づくりの基盤となっています。

一年を通した取引についてはいかがですか?

私たちは一番茶から秋番茶まで通して仕入れるようにしています。これは生産農家の要望にも合致しています。一番茶だけを買い取る業者もいますが、生産農家が経営を続けるためには、二番茶や秋番茶も買い取ってもらうことが重要です。

地元の茶業を守るという使命感のもと、生産農家の皆産と「一蓮托生」の精神で、共に掛川茶の品質向上と発展を目指しています。

丸堀製茶の未来に向けて。

これからの丸堀製茶の展望について教えてください。

基本的な方針は変わりません。品質本位で、「味濃厚にしてマイルド、香り新鮮」なお茶づくりを続けていきます。お客様に喜んでいただける、おいしいお茶を提供し続けることが、私たちの役割です。また、茶草場農法のような環境と共生する持続可能な農法の価値を伝えていくことも重要だと考えています。

伝統を守りながらも、時代のニーズに応じた新しい取り組みにも挑戦していきたいと思います。何よりも大切なのは、お茶を愛する気持ちと、品質へのこだわりです。これからも丸堀製茶は、120年の歴史で培った技術と精神を大切に、真心を込めたお茶づくりを続けていきます。